FOR USER
App Storeからダウンロード
FOR SHOP
出店する
出店する

THE WORLD ELEMENTS

Follow Us

Other

サインアップ

物欲にふりまわされる女[黒磯 Chus]|ある買い物客の事情 第4回

2017.7.7

今日もどこかのショップで、今この瞬間に生まれている、出会いと葛藤と妄想。これは、ある日突然、探し求めていたモノに遭遇してしまった人々の物語。



Episode04 物欲にふりまわされる女


「もしかして私、物欲不感症?」

とある駅ビルの中心で、女は思い切り叫んでいた(心の中で)。


ずっと楽しみにしていた、週末ごほうび"ひとりっぷ"。せっかくなら旅のおともに何か「暮らすように旅している私」を演出できる素敵なものをゲットしたくて、会社帰りに新しく商業施設ができたばかりの駅で途中下車。したはいいけど、かれこれ数時間、ビビッとくるものが見つからない。


女はそんな自分に焦り、若干ビビってさえいた。昔はあんなにモリモリだった物欲が、いっこうに湧いてこないってどういうこと? どうした私。店もモノもこんなにあるのに、いや、あるからなのか、もはやなんだか分からなくなっている。試着用の鏡をふと見ると、喜怒哀楽のどれでもない表情をした自分が映っていた。

「もういいや。帰ろ」。女はひとりごち。


そして週末。新幹線から在来線に乗り継ぎ着いたのは、栃木県の黒磯という名の小さな町。


駅を降りると、空気が明らかに違う。そこに見えるのは古めかしい商店街、だけどすでに自然の息吹をぐいぐい感じ、心の高原バターが溶け出すように、とろとろの甘いアドレナリンがだだ漏れる。それらがさっぱりと清涼なそよ風に乗って、体じゅうに染み込んでいく。



さっそく、今夜泊まる宿「Chus(チャウス)」へとテクテク向かう。


ホームページで見た限りだと、ゲストハウスと書いてあるけれど、ちゃんとした広めの個室があって、1階にはカフェレストランや、マルシェなんかもあるらしい。マルシェってったって、おそらくはきっと、地元のお土産コーナー的なものだろうけれど。女はそれほど期待はせずに想像する。




「広っ!」と、意識せずとも声に出てしまった。吹き抜けのにぎにぎしくも開放的な空間。想像してたイメージの5倍はゆうにある。手前に広がるマルシェスペースだけでも、いつも通っている近所のミニスーパーほどはあるかもしれない。


女はチェックインすらしていないのに、すでに買い物カゴを手にしている。そう、数日前はあれだけ絞り出すのに苦労した物欲が、ここではソッコーで、みっともないくらいに暴走しているのだ。


ちょっと待って。落ち着け私。女はこの状況を冷静に分析する。何がそうさせるのか、ひとつひとつ見ていこう。



まず手前に盛られているのは、野菜や果物などの生鮮食品だ。よく道の駅で売られているような「山田千代美さんのトマト」みたいな素朴推しという感じではない。ネーミングも「味恋トマト」など、しゃれっぽい匂いを放つ、クスッとくすぐるものが目立つ。



さらに奥のテーブルには数々の調味料や加工品、お菓子やお酒、お米などのたぐいがある。どれもパッケージがかわいくて、おいしそうで、ちゃんとブランディングされている感じがする。表参道あたりのライフスタイルショップにあってもおかしくない感じ。


表示を見ていると、みながみな地元の栃木県産というわけでもないようで、福島など近隣県の作り手も多く含まれている。


こういう地方に来ると、地元産でないとダメ!ゼッタイ!みたいな縛りでセレクトしているお店も多い(し、求めてる客も多い)けれど、「そんなの、結局作ってる人でしょ。ちゃんと頑張って作ってて、パッケージもイケてて、おいしけりゃいいじゃん」みたいな声がどこかから聞こえてくるようで、その飄々とした垣根の越え方に、なんだかとっても好感が持てる。



そこで女は、ハッと気づく。このお店は、決して自分のような観光客だけを相手にしているわけではないのだろう。地元にも、いつものスーパーや直売所とはちょっと違う、素敵なものを求めてやってくる人もいるだろうし、また地元ならではの何かを求めて外からやってくる人もいる。


どっちの心もむんずと掴んで離さない、絶妙にブレンドされたセレクトが、この店らしさになっているのかもしれない。



さらにここには食品だけでなく、食まわりを中心とした雑貨もあり、そのチョイスも何気にセンスがおもしろい。


ふと目に留まったのが、紐がついた木のカップ。サイズも形もいろいろあって、パッと見た感じはカジュアルだけど、質感がミョーに本物感。気になる。



「それ、漆器なんですよ」

金髪で、笑うと目がなくなる系の塩顔男子が、どこからかひょいっと現れ、教えてくれる。


「会津の『nodate mug』というブランドで。『拭き漆』っていって、木地に漆を塗ったあと拭く技法なんですけど、アウトドアでも気軽に使ってほしいってことで、こういうリュックとかに引っ掛けられるようなデザインになってるんです」



ふむ、なるほど。軽いし、これは公園でピクニックをするときにもいいかもしれない、とかごに入れる。しかし、これが東京のお店にあっても買っていたかどうかは、正直わからない。


「荷物をお預かりしますよ」と促され、両手が空いて、完全なる戦闘態勢に入る。すると女は豪快な物欲エンジンをかけ、目を三角にし、次から次へと、あれこれカゴに放り込んでいく。山わさびにほうれん草、塩麹、マヨネーズにクッキーなど。「なんで、それをここで?」と自分にツッコミたくなるものも中にはあった。でも、もはや手が止まらないのだ。


勢いにまかせてこんなに買っちゃったけど、どうしよう。かごにこんもり盛られたブツを見下ろし、女はため息をつく。持ってきたバッグは着替えなどですでにいっぱいだ。



すると、そんな不安を察したようにあの塩顔男子がショッピングバッグをすすめてくる。

「これ、タイベックという工事現場とかで使われてる素材で、軽くて丈夫なんです」

デザインもいいですね、というと、曰く、このデザインを見た生産者さんが気に入って、あの「味恋トマト」のデザインも依頼したのだという。


なんだかほっこりするつながりに気を良くし、もちろんそれも追加する。「生鮮品もあるので、チェックアウトまでこっちでお預かりしてますね」という気遣いもうれしい。


まだ来たばかりで、まだどこにも行ってないというのに、女はすでにやりとげたような心持ちになる。いやいや、旅はまだこれからなのだ。そう思うと、きゅうんと胸が締め付けられた。




今回の舞台 | Chus(チャウス)


那須岳の麓にあるカフェ&ショップ。店内のマルシェでは、地元の野菜や肉、加工品のほか、食まわりの雑貨などを扱っている。採れたての食材を使った料理をいただけるカフェレストランやゲストハウスもあり、那須めぐりの拠点におすすめ。


栃木県那須塩原市高砂町6-3

10:00-23:00、第2木曜日定休

http://chus-nasu.com/




今回のアイテム|nodate mug


会津塗のマグカップ。熟練の職人がひとつひとつ丁寧に仕上げている。軽くて壊れにくく、ヘラジカの革紐付きで、バックパックにつり下げて持ち歩くこともできるアウトドア仕様。


撮影:平山泰成


「ある買い物客の事情」バックナンバー

第1回 語りたがる男[表参道 HOEK]

第2回 臆病すぎる女[金沢 COPYLEFT]

第3回 妄想を買う男[福岡 marcello]


著者プロフィール|山村光春

編集者。BOOKLUCK主宰。東京と長野に拠点を持ち、カフェや雑貨、インテリア、食など、暮らしまわりのジャンルにおける執筆、編集を手がける。著書に『眺めのいいカフェ』(アスペクト)など。

コメント 0
THE WORLD ELEMENTS この機能を利用するためには、App Storeでアプリをダウンロードする必要があります。 App Storeからダウンロード
閉じる
OTHER STORY
Loading...
ITEM RANKING
Loading...
SHOWCASE RANKING
Loading...